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東京地方裁判所 平成7年(ワ)1568号 判決 1998年4月30日

原告

バギオ・シッピング・リミテッド

右特別代理人

錦戸景一

右訴訟代理人弁護士

中村誠一

近藤誠一

被告

中国塗料(香港)有限公司

右代表者総経理

枝松直元

右訴訟代理人弁護士

戸田滿弘

土田耕司

右訴訟復代理人弁護士

櫻井義夫

須崎憲顕

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  原告の請求

被告は、原告に対し、二億八八九五万二七七二円及びこれに対する平成七年二月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告の答弁

1  本案前の答弁

本件訴えを却下する。

2  本案に対する答弁

主文一項同旨

第二  事案の概要

被告会社は、訴外プリメラ・シップ・マネジメント・リミテッドの子会社である原告会社について法人格否認の法理の適用のあることを前提として、原告会社の所有に係る別紙船舶目録記載の船舶について、債務者兼所有者を右訴外会社、被保全債権を右訴外会社に対する売掛代金債権とする仮差押えの申立てをして、これを認容する仮差押命令を得た。本件は、原告会社が、被告会社に対し、右仮差押えの申立ては、法人格否認の法理が適用されることを裏付ける疎明資料に欠けることが明らかであったから不法行為に当たる、などと主張して、右仮差押えによって被った損害の賠償を請求する事案である。

一  争いのない事実等

1  当事者及び訴外会社の営業等

(一) 原告会社

原告会社は、平成二年五月二八日、リベリア共和国法に準拠して設立された法人であり、パナマ共和国海運局において、別紙船舶目録記載の船舶(以下「本件船舶」という。)の所有者として登録されていた(書証番号省略)。

(二) 被告会社は、香港法に準拠して設立された船舶用塗料等の販売業を営む法人であり、我が国に本店を有する中国塗料株式会社の子会社である(書証番号省略)。

(三) 訴外プリメラ・シップ・マネジメント・リミテッド(以下「訴外会社」という。)は、英国領チャンネルアイランド法に準拠して設立された海運業及び船舶管理業を営む法人であり、原告会社の全株式を保有していた。

2  被告会社と訴外会社との間における船舶用塗料の売買等

(一) 被告会社は、平成元年ころから、訴外会社に対し、訴外会社の所有又は管理に係る船舶の航海に必要な船舶用塗料を売り渡していた。

(二) 被告会社は、平成四年八月ころから同五年一〇月ころまで継続的に、訴外会社に対し、訴外会社の所有又は管理に係る船舶の航海に必要な船舶用塗料を売り渡し(以下「本件売買契約」という。)、これに基づく売掛代金債権(以下「本件売掛代金債権」という。)を有していた。

(三) ところが、訴外会社は、平成五年一一月一〇日ころ、被告会社に対し、債務超過を理由として、支払の停止をする旨の通知をし、香港の事務所を閉鎖した(書証番号省略)。

3  本件船舶についての国籍証書引渡命令の執行

(一) 被告会社は、本件売買契約に基づき船舶用塗料を本件船舶に納品したので、平成五年一二月九日、本件売掛代金債権に係る船舶先取特権に基づき、本件船舶の国籍証書引渡命令の申立てをした(当庁平成五年(モ)第三〇六五二号船舶競売の申立て前の船舶国籍証書引渡命令申立事件(書証番号省略)。

(二) 当庁は、平成五年一二月一三日、右の申立てを認容する旨の本件船舶の国籍証書引渡命令(以下「本件国籍証書引渡命令」という。)を発し、右同日、右命令が執行されたため、本件船舶の運航はできなくなった。

4  本件仮差押申立て

(一) 被告会社は、平成五年一二月一三日、原告会社の所有に係る本件船舶について、債務者兼所有者を訴外会社、被保全債権を被告会社の訴外会社に対する本件売掛代金債権とする仮差押えの申立て(以下、「本件仮差押申立て」といい、右申立てに係る当庁平成五年(ヨ)第七八三九号仮差押命令申立事件を「本件仮差押命令申立事件」という。)をした(書証番号省略)。

(二) 被告会社は、本件仮差押命令申立事件において、法人格否認の法理が適用されることを前提として、本件船舶の実質的所有者は訴外会社である旨を主張した(書証番号省略)。

(三) 当庁は、平成五年一二月一五日、本件仮差押申立てを認容する旨の仮差押命令(以下「本件仮差押命令」という。)を発した。

5  本件売掛代金債権の支払請求訴訟の提起

被告会社は、平成五年一二月一七日、訴外会社に対し、本件売掛代金債権の一部についての支払請求訴訟を提起した(当庁平成五年(ワ)第二四〇五一号売掛代金請求事件)。

6  本件国籍証書引渡命令の失効

(一) 本件国籍証書引渡命令の原因となった船舶先取特権の被担保債権である船舶用塗料の売掛代金債権合計六五万七二七八円は、平成五年一二月二七日、弁済されたため、本件国籍証書引渡命令は失効した(書証番号省略)。

(二) しかし、本件船舶は、本件国籍証書引渡命令の失効後も、本件仮差押命令の執行としての国籍証書取上命令(当庁平成五年(ヲ)第九〇〇九二号取上提出命令)のため、依然として運航ができない状況にあった。

7  本件仮差押命令に対する異議の申立て

原告会社は、平成六年一月一一日、法人格否認の法理の適用があることを前提とした本件仮差押命令は違法であるなどと主張して、右命令に対する異議の申立て(以下、「本件異議申立て」といい、右申立てに係る当庁平成六年(モ)第五〇一〇二号仮差押異議申立事件を「本件仮差押異議申立事件」という。)をした(書証番号省略)。

8  本件船舶の競売等

(一) 訴外オグリーブ・リーファー・エス・エイ(以下「訴外オグリーブ」という。)は、本件船舶に対する抵当権に基づき、平成六年一月二四日、本件船舶の競売の申立てをした(当庁平成六年(ケ)第二三五号船舶任意競売申立事件)。当庁は、平成六年一月二七日、右申立てを認容し、本件船舶競売の開始決定をした(書証番号省略)。

(二) 被告会社は、本件仮差押命令に係る被保全債権(本件売掛代金債権)に基づき、平成六年一月二七日、本件船舶競売事件において配当要求をしたが、右配当要求は却下された(書証番号省略)。

(三) そこで、被告会社は、右配当要求の却下決定に対し、執行抗告を申し立てたが(東京高等裁判所平成六年(ラ)第七八四号配当要求却下に対する執行抗告事件)、右抗告は、平成六年八月一七日、棄却された(書証番号省略)。

(四) さらに、被告会社は、訴外オグリーブに対し、本件船舶競売事件において、訴外オグリーブに対する配当の額についての不服を主張する配当異議の訴えを提起したが(当庁平成六年(ワ)第一四七七九号配当異議事件)、右訴えは、平成六年一〇月二七日、配当異議訴訟の当事者適格がないことを理由として却下された(書証番号省略)。

(五) 訴外オグリーブは、平成六年三月二八日、本件船舶競売事件において、本件船舶を一〇億四三〇〇万円で買い受けて、その所有権を取得した(書証番号省略)。

9  本件訴訟の提起

原告会社は、平成七年一月三一日、被告会社に対し、本件仮差押申立てが不法行為に当たるなどと主張して、本件仮差押えによって被った損害の賠償を求める本件訴訟を提起した。

10  本件売掛代金債権支払請求訴訟の判決及び本件仮差押申立ての取下げ

(一) 当庁は、平成八年五月二三日、被告会社の訴外会社に対する本件売掛代金債権の一部の支払請求訴訟(当庁平成五年(ワ)第二四〇五一号売掛代金請求事件)において、被告会社の請求を認容する判決をし、右判決は確定した。

(二) 被告会社は、平成八年七月二四日、訴外会社に対し、本件売掛代金債権の残部の支払請求訴訟を提起した(当庁平成八年(ワ)第一四二二一号売掛代金請求事件)。当庁は、平成八年一〇月三日、右訴訟において、被告会社の請求を認容する判決をし、右判決は確定した。

(三) 被告会社は、本件船舶競売事件の手続が終了したことなどから、平成八年一二月二四日、本件仮差押申立てを取り下げたので(書証番号省略)、これに伴い本件仮差押異議申立事件も終了した。

二  主要な争点と当事者の主張

(主要な争点)

1 本案前の主張について

原告会社が存在するか否か。

2 本案について

(一) 本件仮差押申立てが不法行為に当たるか否か。

(二) 被告会社が、本件異議申立て後において本件仮差押申立てを維持したことが不法行為に当たるか否か。

(当事者の主張)

1 本案前の主張について

(一) 被告会社の主張

(1) 原告会社は、以下の諸点に照らせば、会社としての実体を有していないから、会社として存在しないものというべきである。

① 原告会社は、本件船舶の登録上の船主であったが、訴外オグリーブが平成六年三月二八日に本件船舶を競売により買い受けたから、右同日以降、登録上も本件船舶の船主ではなくなり、本件訴訟を提起した同七年一月三一日の時点において、事業を行っていなかった。

② 原告会社の代表取締役であったロナルド・エム・スミス(以下「ロナルド」という。)は、平成五年一一月末ころ、代表取締役を辞任し、本件訴訟提起の時点において、原告会社には、代表取締役及び取締役が存在していなかった。

③ 原告会社は、平成二年五月二八日に設立された当初から独立した事務所を有していなかった。

④ 原告会社には、従業員が存在しなかった。

⑤ 原告会社の株主総会や取締役会は、一度も開催されたことがなく、株主総会議事録や取締役会議事録は、形式を整えるために作成されていたにすぎない。

⑥ 原告会社の株主であった訴外会社は、平成五年一一月末ころ、業務を停止して事実上倒産した。

⑦ エル・エル・サティアは、リベリア共和国法に準拠して設立された会社の購入を希望する者に対して原告会社を売却する目的で、原告会社を形式上設立したにすぎない。

⑧ 原告会社は、リベリア共和国法に基づいて支払義務のある登録料を支払わなかったため、平成九年四月一五日、会社としての登録を抹消された。

(2) したがって、原告会社の提起した本件訴えは、不適法である。

(二) 原告会社の主張

(1) 原告会社が存在しない旨の主張は、争う。

(2) 原告会社が、会社として適法に存在することは、リベリア共和国外務省発行の平成九年一〇月二二日付け証明書によって明らかである。

2 本案について

(一) 原告会社の主張

(1) 本件仮差押申立てによる被告会社の不法行為責任

① 本件仮差押申立ての理由等

被告会社は、平成五年一二月一三日、本件仮差押申立てをし、その理由として、「原告会社は、本店所在地が明らかでない。原告会社の業務は、香港にあった訴外会社の代理店の事務所で行われており、本件船舶の建造契約は、右事務所において締結された。本件船舶の建造資金は、訴外会社が調達した。原告会社と訴外会社の代表取締役は、同一人物である。」旨を主張し、別紙疎明資料目録(一)の(1)ないし(13)記載の疎明資料(以下「本件疎明資料(一)」という。)を提出した。

② 本件仮差押申立ての時点における法人格否認の法理の不適用

本件仮差押申立ての時点において、パナマ共和国海運局における本件船舶の登録上の所有者は原告会社であったから、債務者兼所有者を訴外会社、被保全債権を被告会社の訴外会社に対する本件売掛代金債権とする本件仮差押申立ては、右の時点において、法人格否認の法理が適用されない限り違法であって、被告会社は、法人格否認の法理が適用されることを立証しない限り、不法行為に基づく損害賠償責任を免れないというべきである。

そして、法人格否認の法理が適用されるのは、法人格が全くの形骸にすぎない場合又はそれが法律の適用を回避するために濫用される場合であるところ、次のないしの諸点に照らせば、本件仮差押申立ての時点において、法人格否認の法理を適用する余地のなかったことは明らかである。

訴外会社と原告会社の関係

訴外会社は、資本金の全額を出資して原告会社を設立し、本件仮差押申立ての当時、原告会社の全株式を保有していた。

しかしながら、船舶に関する事業については、巨額の資金を必要とし、かつ、海難事故等によるリスクが大きいため、子会社を設立するなどして事業を営むのが通常であるから、原告会社が訴外会社の子会社であることをもって、原告会社の法人格が形骸にすぎないということはできない。また、訴外会社が、特定の債務を免れるなど法律の適用を回避するために、原告会社の法人格を濫用したという事実もない。

さらに、訴外会社は、訴外斉藤海運株式会社(以下「訴外斉藤海運」という。)及び訴外東広運輸株式会社(以下「訴外東広運輸」という。)と共に本件船舶の建造費の一部を拠出していたため、平成五年八月二三日、訴外斉藤海運及び訴外東広運輸との間で、本件船舶の運航によって得られる利益を三社で分配する旨の協定(以下「本件協定」という。)を締結した。そして、本件協定によれば、原告会社は、いわば右三社の出資によって設立された合弁企業と同視できるから、原告会社は訴外会社とは別個独立の法人である。また、訴外会社は、本件協定において、原告会社が本件船舶を所有することを認めていた。

原告会社の取締役の存在

ロナルド、昼田正博(以下「昼田」という。)及びハワード・エフ・ジー・ホブソン(以下「ハワード」という。)は、平成二年七月一〇日に原告会社の取締役に就任し、昼田及びハワードは、同四年二月二八日に辞任し、ロナルドも、同五年一二月末ころに辞任した。また、ヒラリー・テレーゼ・スミスは、平成四年二月二八日に原告会社の取締役に就任し、同五年一二月末ころに辞任した。

なお、ロナルド及び昼田は、訴外会社の取締役を兼任していたが、右兼任の事実をもって、原告会社の法人格が形骸にすぎないということはできない。

物的設備が不要であったこと

原告会社は、その登録上の所在地であるリベリア共和国モンロビア、ブロードストリート八〇には事務所(物的設備)を有していなかった。

しかしながら、原告会社は、本件船舶の運航による事業のみを営み、その運航について訴外会社との間で管理委託契約を締結していたから、独立の事務所(物的設備)を必要としない。したがって、原告会社が事務所(物的設備)を有していなかった事実をもって、原告会社の法人格が形骸にすぎないということはできない。

原告会社と訴外会社との会計区分

原告会社は、本件船舶の運航による事業のみを営んでいたため、右事業に関する貸借対照表及び損益計算書が原告会社の貸借対照表及び損益計算書となる。一方、訴外会社は、原告会社とは別個独立に、貸借対照表及び損益計算書等の帳簿を作成していた。したがって、原告会社と訴外会社との会計区分は明確である。

会社の機関の活動等

原告会社は、平成二年七月一〇日、訴外会社に対し、株券を発行した。また。原告会社の株主総会、取締役会は、適法に開催されている。したがって、原告会社は、会社として必要な手続を履践していた。

③ 被告会社の不法行為責任

被告会社は、法人格否認の法理が適用されないことを知っていたか、又は、法人格否認の法理が適用されると信じるに足りる相当な理由がなかったにもかかわらず、故意又は過失により違法に、本件仮差押申立てをした。したがって、本件仮差押申立ては不法行為に当たり、被告会社は、原告会社の後記(3)の損害を賠償する責任を負う。

(2) 本件異議申立て後における本件仮差押申立ての維持による被告会社の不法行為責任

① 本件異議申立ての理由等

原告会社は、平成六年一月一一日、本件異議申立てをし、その理由として、「原告会社が訴外会社の子会社であることをもって、原告会社の法人格が形骸にすぎないということはできない。原告会社は、その名において、消費貸借契約、抵当権設定契約及び定期傭船契約を締結し、訴外会社とは独立して会計処理をしているから、原告会社の法人格が形骸にすぎないということはできない。」旨を主張し、別紙疎明資料目録(二)の(1)ないし(5)記載の疎明資料(以下「本件疎明資料(二)」という。)を提出した。

② 本件異議申立て後における法人格否認の法理の不適用

被告会社は、本件異議申立て後において、法人格否認の法理が適用されることを立証しない限り、不法行為に基づく損害賠償責任を免れないというべきである。

そして、前記(1)②のないしの諸点に加え、右①のとおり、本件仮差押異議申立事件において、原告会社が、法人格否認の法理が適用されないことを主張すると共に、本件疎明資料(二)を提出したことに照らせば、本件異議申立て後において、法人格否認の法理を適用する余地のなかったことは明らかである。

③ 被告会社の不法行為責任

被告会社は、本件異議申立て後において、法人格否認の法理が適用されないことを知っていたか、又は、法人格否認の法理が適用されると信じるに足りる相当な理由がなかったにもかかわらず、故意又は過失により違法に、本件仮差押申立てを維持した。したがって、被告会社が本件異議申立て後において本件仮差押申立てを維持したことは、不法行為に当たり、被告会社は、原告会社の後記(3)の損害を賠償する責任を負う。

(3) 原告会社の損害

二億八八九五万二七七二円

① 原告会社は、平成三年二月四日、訴外サーバ・シップ・リミテッド・インク(以下「訴外サーバ」という。)との間で、同八年六月までの間、訴外サーバが本件船舶を借り受ける旨の定期傭船契約を締結した(以下「本件定期傭船契約」という。)。

② 訴外サーバは、本件仮差押命令の執行がされたため、平成五年一二月、原告会社に対し、債務不履行を理由として、本件定期傭船契約を解除した。

③ 原告会社は、本件定期傭船契約が解除されなければ、平成五年一二月から同八年六月までの定期傭船料として、二億八八九五万二七七二円(二三〇万二五九六米国ドルを本件口頭弁論の終結の日の前日である同一〇年一月二八日時点における為替レートで換算した金額)を取得することができた。

(4) 要約

よって、原告会社は、被告会社に対し、不法行為に基づく損害賠償として、二億八八九五万二七七二円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成七年二月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める。

(二) 被告会社の主張

(1) 本件仮差押申立てによる被告会社の不法行為責任(前記(一)(1))について

① 被告会社は、本件仮差押申立ての時点において、法人格否認の法理が適用されることを立証しない限り、不法行為に基づく損害賠償責任を免れないとの主張は、争う。

原告会社は、不法行為を理由として損害賠償を請求するところ、被告会社が本件仮差押申立てについての本案訴訟で敗訴し、又は、本件異議申立てが認容されるなどして、本件仮差押申立ての違法であることが確定していない以上、故意又は過失により違法に本件仮差押申立てをしたことについての立証責任は原告会社にある。したがって、原告会社が、本件仮差押申立ての時点において、法人格否認の法理が適用されないことを立証しない限り、原告会社の本件請求は認められないというべきである。

② 本件仮差押申立ての時点において、法人格否認の法理を適用する余地のなかったことが明らかであるとの主張は、争う。

③ 次のないしの諸点に照らせば、本件仮差押申立ての時点において、法人格否認の法理が適用されることは明らかであったから、被告会社が法人格否認の法理の適用されないことを知っていたということはできないし、また、法人格否認の法理が適用されると信じるに足りる相当な理由がなかったにもかかわらず本件仮差押申立てをしたということもできない。したがって、被告会社が、故意又は過失により違法に、本件仮差押申立てをしたということはできない。

訴外会社による原告会社の支配

訴外会社は、その所有に係る船舶の形式上の登録船主として利用するために、わずか一七〇〇香港ドルで原告会社を買収したものであり、本件仮差押申立ての当時、原告会社の株主は訴外会社のみであった。そして、ロナルド及び昼田は、原告会社と訴外会社の取締役を兼任していた。

また、本件船舶は、訴外北日本造船株式会社(以下「訴外北日本造船」という。)が建造したものであるところ、本件船舶の建造契約の注文者は、当初は訴外クインズレー・リミテッド(以下「訴外クインズレー」という。)であったが、訴外会社の意向により、その後に原告会社へと変更された。しかも、原告会社は、資本金わずか一〇〇〇米国ドルの会社であるため、訴外会社が、本件船舶の建造費用約一八億円を調達した。そして、原告会社は、建造された本件船舶の引渡しを受ける権限を、訴外会社のグループ会社であった訴外株式会社ナック・マリタイム(以下「訴外ナック・マリタイム」という。)の代表取締役であった木森光泰に授与した。

さらに、訴外会社は、平成五年八月二三日、訴外斉藤海運及び訴外東広運輸との間で、本件船舶の運航によって得られる利益を三社で分配する旨の本件協定を締結しており、原告会社ではなく訴外会社が本件船舶の所有に関する基本的な契約を締結している。

その上、訴外会社は、平成五年一一月一一日、債権者集会を開催し、同社の再建への協力を要請したが、その際、訴外会社の代表取締役として右債権者集会に出席したロナルドは、「本件船舶は訴外会社の保有船である。」旨を述べた。

したがって、原告会社は、本件船舶の所有及び管理の全般にわたり、訴外会社の支配下に置かれていたというべきである。

原告会社の取締役の不存在等

ロナルド及び昼田は、原告会社と訴外会社の取締役を兼任していた。また、原告会社の取締役であったハワードも、訴外会社の意のままに動く傀儡にすぎない。

したがって、原告会社の業務を遂行していた常駐の取締役は存在せず、原告会社の従業員も全く存在しなかった。

物的設備の不存在

原告会社は、その登録上の所在地であるリベリア共和国モンロビア、ブロードストリート八〇には事務所(物的設備)を有していなかった。また、原告会社名義の契約書は、訴外会社の代表取締役が、香港又は東京の訴外会社の事務所において作成したものである。

原告会社と訴外会社との会計区分の欠如

原告会社は、本件船舶の運航による事業のみを営んでいたため、右事業に関する貸借対照表及び損益計算書が原告会社の貸借対照表及び損益計算書となる旨を主張する。

しかしながら、原告会社は、リベリア共和国法上、各年毎の登録税支払義務を負っているから、原告会社の会計帳簿には、登録税の支払について記載されるはずであって、本件船舶の運航による事業に関する貸借対照表及び損益計算書が原告会社の貸借対照表及び損益計算書となるということはできない。原告会社において、右事業に関する会計帳簿しか作成されていないことは、原告会社の法人格が形骸にすぎないことを示すものである。

会社の機関の活動がなかったこと

原告会社の株主総会や取締役会は、一度も開催されたことがなく、株主総会議事録や取締役会議事録は、形式を整えるために作成されていたにすぎない。

(2) 本件異議申立て後における本件仮差押申立ての維持による被告会社の不法行為責任(前記(一)(2))について

① 被告会社は、本件異議申立て後において、法人格否認の法理が適用されることを立証しない限り、不法行為に基づく損害賠償責任を免れないとの主張は、争う。

むしろ、原告会社が、本件異議申立て後において、法人格否認の法理を適用する余地のなかったことを立証しない限り、原告会社の本件請求は認められないというべきである。

② 本件異議申立て後において、法人格否認の法理を適用する余地のなかったことが明らかであるとの主張は、争う。

③ 前記(1)③のないしの諸点に加え、本件疎明資料(二)により判明した次のないしの諸点を綜合すれば、本件異議申立て後において、法人格否認の法理が適用されることは明らかであるから、被告会社が法人格否認の法理が適用されないことを知っていたということはできないし、また、法人格否認の法理が適用されると信じるに足りる相当な理由がなかったにもかかわらず本件仮差押申立てを維持したということもできない。したがって、被告会社が、故意又は過失により違法に、本件仮差押申立てを維持したということはできない。

第一順位船舶抵当権設定契約書(別紙疎明資料目録(二)(1)記載の疎明資料。以下「本件抵当権設定契約書」という。書証番号省略)

原告会社は、本件船舶の登録上の所有者である以上、本件船舶について、訴外オグリーブを抵当権者、原告会社を抵当権設定者として、本件抵当権設定契約書を作成するのは当然であって、本件抵当権設定契約書が存在することをもって、原告会社が実体を有するということはできない。

定期傭船契約書(別紙疎明資料目録(二)(2)記載の疎明資料。以下「本件定期傭船契約書」という。<書証番号省略>)

原告会社は、本件船舶の登録上の所有者である以上、訴外サーバとの間で、本件定期傭船契約書を作成するのは当然であって、本件定期傭船契約書が存在することをもって、原告会社が実体を有するということはできない。

リベリア共和国外務省発行の証明書(別紙疎明資料目録(二)(3)記載の疎明資料。以下「本件証明書」という。<書証番号省略>)

本件証明書は、原告会社が、リベリア共和国法上形式的に存在することを示すだけであって、法人としての実体を有することを示すものではない。

原告会社の定款(別紙疎明資料目録(二)(4)記載の疎明資料。以下「本件定款」という。<書証番号省略>)

本件定款によれば、エル・エル・サティア」は、平成二年五月二八日に原告会社の株式一株を引き受けて原告会社を設立しているが、右定款には会社の目的についての記載が全くない。

また、本件定款は、原告会社が、リベリア共和国法上形式的に存在することを示すだけであって、法人としての実体を有することを示すものではない。

取締役会議事録(別紙疎明資料目録(二)(5)記載の疎明資料。以下「本件取締役会議事録」という。<書証番号省略>)

本件取締役会議事録によれば、ロナルド及び昼田が、訴外会社と原告会社の取締役を兼任していることが明らかである。

また、原告会社は、平成二年五月二八日に設立されたにもかかわらず、本件取締役会議事録には、同年一二月一二日に取締役会と創立総会が開催された旨の記載がされており、本件取締役会議事録の記載内容は不合理である。さらに、エル・エル・サティアは、原告会社の株式一株を引き受けて、原告会社を設立したにもかかわらず、本件取締役会議事録には、原告会社の株式一株が訴外会社に対して発行され、訴外会社が原告会社の唯一の株主である旨の記載がされており、本件取締役会議事録の記載内容は不合理である。以上によれば、本件取締役会議事録は、訴外会社が、形式を整えるために作成したものにすぎないことが明らかである。

(3) 原告会社の損害(前記(一)(3))について

① 原告会社が、本件仮差押命令の執行の結果、定期傭船料二億八八九五万二七七二円を取得できなくなった旨の主張は、争う。

② 原告会社は、本件仮差押申立ての時点において、既に、倒産状態にあり、本件船舶の運航を継続することは財政上不可能であった。また、原告会社の債権者は、船舶先取特権に基づき本件船舶を競売して債権の回収を図ろうとしていたから、被告会社が本件仮差押申立てをしなかったとしても、本件船舶は右債権者により競売に付されていた。

したがって、本件仮差押申立てと本件定期傭船契約の解除との間には、因果関係がない。

③ 仮に、右の因果関係が認められるとしても、被告会社が責任を負うべき原告会社の損害は、本件仮差押命令の効力により本件船舶の運航が停止されていた期間(本件国籍証書引渡命令が失効した平成五年一二月二七日から訴外オグリーブが申し立てた平成六年(ケ)第二三五号船舶任意競売申立事件において本件船舶競売の開始決定がされた同六年一月二七日まで)についての定期傭船料から原告会社が負担すべき経費等を差し引いた部分に限られるというべきである。

第三  争点に対する判断

一  本案前の主張について

1  証拠(<省略>)及び弁論の全趣旨によれば、原告会社は、平成二年五月二八日にリベリア共和国法に準拠して適法に設立され、本件船舶の運航を業として行っていたこと、原告会社は、本件定期傭船契約や本件抵当権設定契約を締結したこと、原告会社の取締役として、ロナルド、昼田及びハワードが選任されていたこと、などが認められる。したがって、原告会社は、少なくとも訴外オグリーブが競売により本件船舶の所有権を取得した平成六年三月二八日までは、実在していたことが明らかである。

2  確かに、証拠(<省略>)及び弁論の全趣旨によれば、原告会社は、訴外オグリーブが競売により本件船舶の所有権を取得した後はその業務を停止して、取締役も、平成五年一二月末ころ以降は不在となっていること、原告会社の全株式を保有していた訴外会社は、同年一一月末ころ、業務を停止して事実上倒産したこと、原告会社は、リベリア共和国法に基づいて支払義務のある登録料を支払わなかったため、同九年四月一五日、会社としての登録を抹消されたこと、などが認められる。

3  しかしながら、証拠(<省略>)及び弁論の全趣旨によれば、原告会社は、未払の登録料等を支払えば、リベリア共和国において、会社としての再登録が許されること、リベリア共和国外務省は、原告会社が現在も会社として適法に存続している旨を証明していること(<省略>)などが認められる。

4  以上によれば、原告会社が不存在である旨の被告会社の主張は、これを採用することができず、被告会社の本案前の答弁は失当である。

二  本案について

1  本件仮差押命令申立事件及び本件仮差押異議申立事件の経緯等

前記第二の一の争いのない事実等に、証拠(<省略>)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の各事実が認められる。

(一) 本件仮差押命令申立事件の経緯等

(1)① 被告会社は、平成五年一二月一三日、本件仮差押申立てをし、その理由として、「原告会社は本店所在地が明らかでない。原告会社の業務は、香港にあった訴外会社の代理店の事務所で行われており、本件船舶の建造契約は、右事務所において締結された。本件船舶の建造資金は、訴外会社が調達した。原告会社と訴外会社の代表取締役は、同一人物である。」旨を主張した。

② 被告会社は、平成五年一二月一四日、本件仮差押命令申立事件における上申書において、本件仮差押申立ての理由として、「本件船舶は、平成二年に訴外北日本造船によって建造された。訴外会社が、その建造契約における実質的な注文者であり、その建造資金も支払った。右の各事実は、訴外会社が、訴外北日本造船に対し、本件船舶の建造契約の注文者を原告会社へと変更するように依頼したこと、及び、原告会社は、建造された本件船舶の引渡しを受ける権限を、訴外会社のグループ会社であった訴外ナック・マリタイムの代表取締役であった木森光泰に授与したことが明らかである。」旨を主張した。

(2) 被告会社は、本件仮差押申立ての疎明資料として、本件疎明資料(一)を提出した。そして、本件疎明資料(一)によれば、次の①ないし⑬の各事実が認められる。

① 本件船舶の建造計画指図書(別紙疎明資料目録(一)(1)記載の疎明資料。書証番号省略)

本件船舶は、訴外北日本造船が建造したものであるところ、本件船舶の建造契約の注文者は、当初は訴外クインズレーであったが、訴外会社の代表取締役であったロナルドは、平成二年一二月一二日ころ、訴外北日本造船に対し、右の注文者を原告会社へと変更するように依頼した。

② パナマ共和国国籍証書(別紙疎明資料目録(一)(2)記載の疎明資料。書証番号省略)

本件船舶についてはパナマ共和国の国籍証書が発行されており、右国籍証書には、本件船舶の船主は原告会社である旨が記載されている。

③ パナマ共和国船舶登録(別紙疎明資料目録(一)(3)記載の疎明資料。書証番号省略)

パナマ共和国の船舶登録には、本件船舶の船主は原告会社である旨が記載されている。

④ インターナショナル・レジストリーズ・インクのファックス送信文(別紙疎明資料目録(一)(4)記載の疎明資料。書証番号省略)

リベリア共和国においては、会社の取締役及び株主の氏名、住所を届け出る制度はない。

⑤ 本件船舶の建造引渡指図書(別紙疎明資料目録(一)(5)記載の疎明資料。書証番号省略)

原告会社の代表取締役であったロナルドは、建造された本件船舶の引渡しを受ける権限を、訴外会社のグループ会社であった訴外ナック・マリタイムの代表取締役であった木森光泰と訴外プリメラ・シップ・エージェンシーズ(香港)リミテッドの取締役であった浦野忍に授与した。

⑥ 債権者報告書(別紙疎明資料目録(一)(6)記載の疎明資料。書証番号省略)

被告会社は、訴外会社に対し、本件売買契約に基づき、合計四〇〇〇万円以上の本件売掛代金債権を有していた。そして、訴外会社は、平成五年一一月一一日、債権者集会を開催し、同社の再建への協力を要請した。

⑦ 債務者倒産通知書(別紙疎明資料目録(一)(7)記載の疎明資料。書証番号省略)

訴外会社は、平成五年一一月ころ、営業を停止し、その子会社であった訴外プリメラ・シップ・サービシーズ(香港)リミテッド、訴外プリメラ・シップ・エージェンシーズ(香港)リミテッド及びプリメラ・シップ・ブローカーズ(香港)リミテッドの各社は、清算手続を開始した。

⑧ 債務確認書(別紙疎明資料目録(一)(8)記載の疎明資料。書証番号省略)

訴外会社は、平成五年一一月一日、被告会社に対して、本件売買契約に基づき売掛代金債務を負担していることを確認した。

⑨ 売掛金請求書及び引渡受領書(別紙疎明資料目録(一)(9)記載の疎明資料。書証番号省略)

被告会社は、訴外会社に対し、本件売掛代金債権の支払請求書を送付し、訴外会社から、本件売買契約に基づく船舶用塗料の受領書の交付を受けた。

⑩ 価格協定書(別紙疎明資料目録(一)(10)記載の疎明資料。書証番号省略)

被告会社は、平成五年九月三日ころ、訴外会社の子会社であった訴外プリメラ・シップ・サービシーズ(香港)リミテッドに対し、船舶用塗料の価格を提示した。

⑪ 注文書(別紙疎明資料目録(一)(11)記載の疎明資料。書証番号省略)

訴外ナック・マリタイムは、訴外会社に代わって、被告会社に対し、船舶用塗料の注文をしていた。

⑫ 銀行支払通知書(別紙疎明資料目録(一)(12)記載の疎明資料。書証番号省略)

訴外会社は、被告会社に対し、被告会社から購入した船舶用塗料の代金を支払っていた。

⑬ 債務者役員名刺(別紙疎明資料目録(一)(13)記載の疎明資料。書証番号省略)

訴外会社の代表取締役であったロナルドは、原告会社の代表取締役を兼任していた。

(3) 被告会社の取締役であった船田昌平は、訴外会社が平成五年一一月一一日に同社の債権者を招いて開催した債権者集会に出席し、報告書(以下「本件債権者集会報告書」という。書証番号省略)を作成し、被告会社は、本件仮差押申立ての当時、本件債権者集会報告書を所持していた。

そして、本件債権者集会報告書によれば、訴外会社は、平成五年一一月一一日、債権者集会を開催し、同社の再建への協力を要請したこと、また、右債権者集会において、訴外ナック・マリタイムの代表取締役であった木森光泰が訴外会社の筆頭株主である旨の紹介がされたこと、そして、訴外会社の代表取締役として右債権者集会に出席したロナルドは、訴外会社が、訴外斉藤海運及び訴外東広運輸と共同して、本件船舶を保有している旨を述べたこと、などが認められる。

(二) 本件仮差押異議申立事件の経緯等

(1) ①原告会社は、平成六年一月一一日、本件異議申立てをし、その理由として、「船舶に関する事業については、巨額の資金を必要とし、かつ、海難事故等によるリスクが大きいため、子会社を設立するなどして事業を営むのが通常であるから、原告会社が訴外会社の子会社であることをもって、原告会社の法人格が形骸にすぎないということはできない。原告会社は、その名において、消費貸借契約、抵当権設定契約及び定期傭船契約を締結し、訴外会社とは独立して会計処理をしているから、原告会社の法人格が形骸にすぎないということはできない。」旨を主張した。

② 原告会社は、本件異議申立ての疎明資料として、本件疎明資料(二)を提出した。そして、本件疎明資料(二)によれば、次のないしの各事実が認められる。

本件抵当権設定契約書(別紙疎明資料目録(二)(1)記載の疎明資料。書証番号省略)

原告会社は、平成三年一月二八日、訴外オグリーブとの間で、本件船舶について、訴外オグリーブを抵当権者、原告会社を抵当権設定者とする抵当権設定契約を締結した。

本件定期傭船契約書(別紙疎明資料目録(二)(2)記載の疎明資料。書証番号省略)

原告会社は、平成三年二月四日、訴外サーバとの間で、本件船舶についての本件定期傭船契約を締結した。

本件証明書(別紙疎明資料目録(二)(3)記載の疎明資料。書証番号省略)

リベリア共和国外務省は、平成五年一二月二二日、原告会社がリベリア共和国法上存続している会社であることを証明した。

本件定款(別紙疎明資料目録(二)(4)記載の疎明資料。書証番号省略)

本件定款には、エル・エル・サティアが、平成二年五月二八日、原告会社の株式一株を引き受けて、原告会社を設立した旨の記載がされている。

本件取締役会議事録(別紙疎明資料目録(二)(5)記載の疎明資料。書証番号省略)

本件取締役会議事録には、原告会社の創立総会は、平成二年一二月一二日に開催され、ロナルド、昼田及びハワードが取締役に選任され、原告会社の第一回取締役会も、右同日に開催された旨の記載がされている。

そして、原告会社が同年五月二八日に設立された旨の本件定款の記載と、同年一二月一二日に取締役会と創立総会が開催された旨の本件取締役会議事録の記載との間には齟齬がある。

さらに、エル・エル・サティアが原告会社の株式一株を引き受けて原告会社を設立した旨の本件定款の記載と、原告会社の株式一株が訴外会社に対して発行され、訴外会社が原告会社の唯一の株主である旨の本件取締役会議事録の記載との間には齟齬がある。

(2)① 被告会社は、平成六年一月一二日、本件仮差押異議申立事件において、答弁書及び準備書面を提出し、本件仮差押命令を認可するように申し立てると共に、その理由として、「原告会社は、その登録上の所在地であるリベリア共和国モンロビア、ブロードストリート八〇には事務所を有していなかった。船舶の所有を目的とするリベリア共和国法に準拠する法人には実体がなく、原告会社も、訴外会社が本件船舶をリベリア共和国船籍にするために設立したペーパーカンパニーである。」旨を主張した。

② 被告会社は、本件仮差押異議申立事件において、疎明資料として、別紙疎明資料目録(三)の(1)ないし(8)記載の疎明資料(以下「本件疎明資料(三)」という。)を提出した。そして、本件疎明資料(三)によれば、次のないしの各事実が認められる。

本件船舶建造契約に係る権利の譲渡しについての訴外クインズレーの決議(別紙疎明資料目録(三)(1)記載の疎明資料。書証番号省略)

訴外会社は、本件船舶の建造契約の注文者であった訴外クインズレーに代わって、本件船舶の建造契約に定められた預託金一億八〇〇〇万円を支払った。また、訴外クインズレーは、平成二年一二月一二日、取締役会を開催し、訴外会社の意向に従って、本件船舶の建造契約に係る全ての権利を、原告会社に譲渡する旨の決議をした。

本件船舶建造契約に係る権利の譲受けについての原告会社の決議(別紙疎明資料目録(三)(2)記載の疎明資料。書証番号省略)

原告会社は、平成二年一二月一二日、取締役会を開催し、訴外会社の意向に従って、訴外クインズレーから、本件船舶の建造契約に係る全ての権利を譲り受ける旨の決議をした。

三社間覚書(別紙疎明資料目録(三)(3)記載の疎明資料。書証番号省略)

訴外会社は、平成二年三月一六日、訴外斉藤海運及び訴外東広運輸との間で、本件船舶の建造等のため既に支出していた費用を各社三分の一ずつの割合で負担する代わりに、訴外クインズレーの株式を各社三分の一ずつの割合で保有し、本件船舶の運航によって得られる利益も各社三分の一ずつの割合で分配する旨の覚書(以下「本件三社間覚書」という。)を作成した。

協定書(別紙疎明資料目録(三)(4)記載の疎明資料。書証番号省略)

訴外会社は、平成五年八月二三日、訴外斉藤海運及び訴外東広運輸との間で、本件三社間覚書に基づき、本件船舶の収支は訴外会社が管理するが、その取引は全て原告会社名義の銀行口座を通じて行い、毎月会計報告書を訴外斉藤海運及び訴外東広運輸に対して送付すること、毎年一〇月末日までに利益配分をすること、各社の当初の拠出金は出資金として扱うこと、などを内容とする本件協定を締結した。

リベリア船籍登録要綱(別紙疎明資料目録(三)(5)記載の疎明資料。書証番号省略)

原告会社の登録上の所在地であるリベリア共和国モンロビア、ブロードストリート八〇には、リベリア共和国船籍での船舶の登録等を業とするザ・インターナショナル・トラスト・カンパニー・オブ・リベリアの事務所があり、原告会社は、右同所には事務所を有していなかった。

被告会社のファックス送信文(別紙疎明資料目録(三)(6)記載の疎明資料。書証番号省略)

被告会社の取締役であった船田昌平は、訴外斉藤海運及び訴外東広運輸両社の取締役から、両社とも本件船舶に対する何らの権利も有しておらず、訴外会社に騙された旨を聞いた。

2  当事者の主張に対する判断

(一)  本件仮差押申立てによる被告会社の不法行為責任(前記第二の二2(一)(1))について

(1)  本件仮差押申立ての相当性

①  前記1(一)の(2)及び(3)に認定のとおり、本件疎明資料(一)、及び、被告会社が本件仮差押申立ての当時所持していた本件債権者集会報告書によれば、  本件船舶の建造契約の注文者は、当初、訴外クインズレーであったが、訴外会社は、訴外北日本造船に対し、注文者を原告会社へと変更するように依頼したこと、  原告会社は、本件船舶の引渡しを受ける権限を、訴外会社のグループ会社であった訴外ナック・マリタイムの代表取締役であった木森光泰と訴外プリメラ・シップ・エージェンシーズ(香港)リミテッドの取締役であった浦野忍に授与したこと、  訴外会社の代表取締役であったロナルドは、原告会社の代表取締役を兼任していたこと、  訴外会社が、平成五年一一月一一日に債権者集会を開催した際に、訴外会社の代表取締役として右債権者集会に出席したロナルドは、訴外会社が、訴外斉藤海運及び訴外東広運輸と共同して本件船舶を保有している旨を述べたこと、などが明らかであり、右の諸点に照らせば、被告会社が、本件仮差押申立ての当時、本件船舶の実質的な所有者は訴外会社であり、原告会社の法人格は全くの形骸にすぎない旨の判断に立ち、法人格否認の法理の適用があることを前提として、本件仮差押申立てをしたことには、相当な理由があったものということができる

②  そして、前記第二の一の争いのない事実等によれば、本件仮差押命令はこれに対する異議申立事件において取り消されておらず、かつ、本案訴訟において被告会社敗訴の判決も確定してはいないことが明らかである。

(2)  小括

以上によれば、被告会社の本件仮差押申立てが不法行為に当たる旨の原告会社の前記第二の二2(一)(1)③の主張は、これを採用することができない。

(二)  本件異議申立て後における本件仮差押申立ての維持による被告会社の不法行為責任(前記第二の二2(一)(2))について

(1)  本件異議申立て後における本件仮差押申立ての維持の相当性

①  前記1(二)(1)②に認定のとおり、本件疎明資料(二)によれば、原告会社が、その名において、本件船舶についての抵当権設定契約及び本件定期傭船契約を締結したことが認められる。しかしながら、他方、本件疎明資料(二)によれば、  ロナルド及び昼田が、訴外会社と原告会社の取締役を兼任していること、  原告会社が平成二年五月二八日に設立された旨の本件定款の記載と、同年一二月一二日に取締役会と創立総会が開催された旨の本件取締役会議事録の記載との間には齟齬があること、  エル・エル・サティアが原告会社の株式一株を引き受けて原告会社を設立した旨の本件定款の記載と、原告会社の株式一株が訴外会社に対して発行され、訴外会社が原告会社の唯一の株主である旨の本件取締役会議事録の記載との間には齟齬があること、などが明らかである。

②  また、前記1(二)(2)②に認定のとおり、本件疎明資料(三)によれば、  訴外会社は、本件船舶の建造契約の注文者であった訴外クインズレーに代わって、本件船舶の建造契約に定められた預託金一億八〇〇〇万円を支払ったこと、  訴外クインズレーは、取締役会において、訴外会社の意向に従って、本件船舶の建造契約に係る全ての権利を、原告会社に譲渡する旨の決議をしたこと、  原告会社は、取締役会において、訴外会社の意向に従って、訴外クインズレーから、本件船舶の建造契約に係る全ての権利を譲り受ける旨の決議をしたこと、  訴外会社は、平成二年三月一六日、訴外斉藤海運及び訴外東広運輸との間で、本件船舶の運航によって得られる利益を各社三分の一ずつの割合で分配することなどを内容とする本件三社間覚書を作成したこと、  訴外会社は、原告会社の創立総会の開催後の同五年八月二三日、訴外斉藤海運及び訴外東広運輸との間で、本件三社間覚書に基づき、本件船舶の収支を訴外会社が管理し、毎年一〇月末日までに各社で利益配分をすることなどを内容とする本件協定を締結したこと、  原告会社は、その登録上の所在地には事務所を有していなかったこと、などが明らかである。

③  以上のないしの諸点に照らせば、被告会社が、本件異議申立て後においても、本件船舶の実質的な所有者は訴外会社であり、原告会社の法人格は全くの形骸にすぎない旨の判断に立ち、法人格否認の法理の適用があることを前提として、本件仮差押申立てを維持したことには、相当な理由があったものということができる。

④  そして、前記第二の一の争いのない事実等によれば、本件仮差押命令はこれに対する異議申立事件において取り消されておらず、かつ、本案訴訟において被告会社敗訴の判決も確定してはいないことが明らかである。

(3)  小括

以上によれば、本件異議申立て後において被告会社が本件仮差押申立てを維持したことが不法行為に当たる旨の原告会社の前記第二の二2(一)(2)③の主張は、これを採用することができない。

三  結論

よって、原告会社の被告会社に対する本件請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官井上繁規 裁判官横溝邦彦 裁判官德増誠一)

別紙船舶目録<省略>

別紙疎明資料目録<省略>

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